第一句集『黒帯』平成5年 ふらんす堂刊
自選25句
新涼のかしこの文字に息こらす
小鳥来るわたり廊下に一年生
花野へと若き世阿弥の如くゆく
蓑虫のはづかしきほど夕日さす
約束の椅子に小鳥の羽ひろふ
磯鴫に海の暗さをいやさるる
一滴のうすずみで描く冬の空
ひらひらと独身教師二の酉へ
一人づつわかれて冬の牡丹園
ひきしぼる先に日のさす弓始
静かにも葉のうらがへる泉かな
冬の雨プールの水をまたふやす
飯粒のついたる顔の船遊び
まつくろな襟巻ほどき深大寺
蠅とまりゐる桃色の蠅たたき
箸をもつ手が岸をさす船料理
柿干して神より続く家系なり
夏負けて黒帯などをしめてをり
いつのまに教師も遊ぶ草矢かな
白魚を食うてのりたる秤かな
マスクの子平均台の上にをり
釣棹のさきに蜜柑の皮うかぶ
白玉やいまだ妻子は持たずをり
ふりむけば螢袋にうみのかぜ
一点の冬田に残る水黒し
第二句集『車座』平成27年 本阿弥書店刊
自選25句
(埼玉文芸賞受賞)
狼の夢見し蒲団干しにけり
鶏頭のこゑの聞こゆる柱かな
燐寸の火ふふふと燃ゆる崩れ簗
鉋屑から猫の子のでてきたる
狐火をああとよろこぶ女かな
丹前を着れば丹田しづかなり
蛤のなかに入つてあそびたし
金蠅の欄間をぬけてきたりけり
ひとりゐる蔵の二階や夏休
春の闇柱に時間隠れをり
梅干して大きな夜空ありにけり
父が死ぬ勤労感謝の日の朝よ
本籍と住所が同じ炬燵かな
初夢の手足がのびて宇宙なり
蜩のふえゆくときに水にほふ
車座の老人月へゆくやうな
先生と春が逝くなり渚通り
頓服をのんで鯨を見に行かう
猫舌のうらとおもてに白魚かな
素泊まりの男うぐひす聞いてをり
きさらぎの水に輪郭ありにけり
銀河系まで紫陽花の濃く薄く
白昼は和紙をもむごと花菖蒲
膝ついて己消したる泉かな
水平に心がとほる茅の輪かな